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一石二鳥

英会話の勉強と筋トレを同時にしたい忙しい方へ。
疲れているときにもみると余計疲れるのが難点。

あと、たいして英語の勉強にならないのも難点。
筋トレにもならないかも。。


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by sachighana | 2012-07-25 20:21 | 想いごと

ゆるく目覚める

wanna go in Hawaii.
ゆるくけど、しっかり頭と心は目覚めて、暮らしたいな~。

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by sachighana | 2012-07-25 04:04 | 想いごと

ウルグアイの大統領のスピーチ@RIO

環境問題じゃなくて、政治の問題!!

ムヒカ大統領のリオ会議スピーチ: (訳:打村明)

http://hana.bi/2012/07/mujica-speech-nihongo/
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会場にお越しの政府や代表のみなさま、ありがとうございます。

ここに招待いただいたブラジルとディルマ・ルセフ大統領に感謝いたします。私の前に、ここに立って演説した快きプレゼンテーターのみなさまにも感謝いたします。国を代表する者同士、人類が必要であろう国同士の決議を議決しなければならない素直な志をここで表現しているのだと思います。

しかし、頭の中にある厳しい疑問を声に出させてください。午後からずっと話されていたことは持続可能な発展と世界の貧困をなくすことでした。私たちの本音は何なのでしょうか?現在の裕福な国々の発展と消費モデルを真似することでしょうか?
質問をさせてください:ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てばこの惑星はどうなるのでしょうか。

息するための酸素がどれくらい残るのでしょうか。同じ質問を別の言い方ですると、西洋の富裕社会が持つ同じ傲慢な消費を世界の70億〜80億人の人ができるほどの原料がこの地球にあるのでしょうか?可能ですか?それとも別の議論をしなければならないのでしょうか?

なぜ私たちはこのような社会を作ってしまったのですか?

マーケットエコノミーの子供、資本主義の子供たち、即ち私たちが間違いなくこの無限の消費と発展を求める社会を作って来たのです。マーケット経済がマーケット社会を造り、このグローバリゼーションが世界のあちこちまで原料を探し求める社会にしたのではないでしょうか。
私たちがグローバリゼーションをコントロールしていますか?あるいはグローバリゼーションが私たちをコントロールしているのではないでしょうか?

このような残酷な競争で成り立つ消費主義社会で「みんなの世界を良くしていこう」というような共存共栄な議論はできるのでしょうか?どこまでが仲間でどこからがライバルなのですか?

このようなことを言うのはこのイベントの重要性を批判するためのものではありません。その逆です。我々の前に立つ巨大な危機問題は環境危機ではありません、政治的な危機問題なのです。

現代に至っては、人類が作ったこの大きな勢力をコントロールしきれていません。逆に、人類がこの消費社会にコントロールされているのです。私たちは発展するために生まれてきているわけではありません。幸せになるためにこの地球にやってきたのです。人生は短いし、すぐ目の前を過ぎてしまいます。命よりも高価なものは存在しません。

ハイパー消費が世界を壊しているのにも関わらず、高価な商品やライフスタイルのために人生を放り出しているのです。消費が社会のモーターの世界では私たちは消費をひたすら早く多くしなくてはなりません。消費が止まれば経済が麻痺し、経済が麻痺すれば不況のお化けがみんなの前に現れるのです。

このハイパー消費を続けるためには商品の寿命を縮め、できるだけ多く売らなければなりません。ということは、10万時間持つ電球を作れるのに、1000時間しか持たない電球しか売っては行けない社会にいるのです!そんな長く持つ電球はマーケットに良くないので作ってはいけないのです。人がもっと働くため、もっと売るために「使い捨ての社会」を続けなければならないのです。悪循環の中にいるのにお気づきでしょうか。これはまぎれも無く政治問題ですし、この問題を別の解決の道に私たち首脳は世界を導かなければなりません。

石器時代に戻れとは言っていません。マーケットをまたコントロールしなければならないと言っているのです。私の謙虚な考え方では、これは政治問題です。

昔の賢明な方々、エピクレオ、セネカやアイマラ民族までこんなことを言っています
「貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」

これはこの議論にとって文化的なキーポイントだと思います。

国の代表者としてリオ会議の決議や会合をそういう気持ちで参加しています。私のスピーチの中には耳が痛くなるような言葉がけっこうあると思いますが、みなさんには水源危機と環境危機が問題源でないことを分かってほしいのです。
根本的な問題は私たちが実行した社会モデルなのです。そして、改めて見直さなければならないのは私たちの生活スタイルだということ。

私は環境資源に恵まれている小さな国の代表です。私の国には300万人ほどの国民しかいません。でも、1300万頭の世界でもっとも美味しい牛が私の国にはあります。ヤギも800万から1000万頭ほどいます。私の国は食べ物の輸出国です。こんな小さい国なのに領土の90%が資源豊富なのです。

働き者の我が国民は一生懸命8時間働きます。最近では6時間働く人が増えています。しかし6時間労働の人は、その後もう一つの仕事をします。なぜか?バイク、車、などのリポ払いやローンを支払わないといけないのです。毎月2倍働き、ローンを払って行ったら、いつの間にか私のような老人になっているのです。私と同じく、幸福な人生が目の前を一瞬で過ぎてしまいます。

そして自分にこんな質問を投げかけます:これが人類の運命なのか?私の言っていることはとてもシンプルなものですよ:発展は幸福の対抗にあっては行けないのです。発展というものは人類の本当の幸福を目指さなければならないのです。愛、人間関係、子供へのケア、友達を持つこと、必要最低限のものを持つこと。
幸福が私たちのもっとも大切な「もの」だからなのです。環境のために戦うのであれば、幸福が人類の一番大事な原料だということを忘れてはいけません。

ありがとうございました。
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by sachighana | 2012-07-23 23:41 | お気に入り

日本のしわざ

ありえない…;;
今日、友達から聞いた話、調べてみました。

日本の政府が食糧援助に福島沖の魚の缶詰をカンボジアの子どもたちへ。
カンボジアのほかに、ガーナ、スリランカ、、と私と縁ある国が(+_+)
日本って、そんなに無情な国だったのか;;
どれだけ、放射能を世界にまき散らすのだろう。。
それ以前に食糧援助はどう必要なのか、知りたい。
http://stophamaokanuclearpp.com/blog/?p=12070

http://www.phnompenhpost.com/index.php/2012070457180/National-news/wfp-feed-fukushima-feesh.html
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WFP to feed schoolchildren Fukushima fish

Wednesday, 04 July 2012
David Boyle

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120704_06
An official from Thailand’s Food and Drug Administration takes a sample from a shipment of fish imported from Japan last year to test for possible radiation contamination. Photograph: Reuters
The Japaness government and the UN’s World Food Program plan to feed Cambodian schoolchildren fish from areas affected by the massive earthquake and tsunami last year that sparked the Fukushima nuclear crisis.

It’s a move that has prompted an outcry from at least one Japan-based anti-nuclear group, but the WFP says any concern about potential contamination from the nuclear crisis is unfounded and that stringent testing has shown the fish is completely free of radiation.

The food aid, supplied by the Japanese Foreign Ministry’s Official Development Assistance program, provides fish from tsunami-affected areas to schoolchildren in Cambodia, Ghana, the Congo, Senegal and Sri Lanka.

WFP country director Jean-Pierre de Margerie said 124 tonnes of fish that arrived in Cambodia in March had been tested by Japan and two independent superintendents before it was approved after returning universally negative results for radiation.

“If there was any risk with any in-kind food given to WFP, we simply don’t accept that contribution,” he said. “Every time I go into the field, I eat with the beneficiaries, and I plan to do the same thing with Japanese fish.”

De Mangerie said the fish arrived in March and would be distributed in October through a more than decade-old program encouraging parents in poor areas of Cambodia to send their kids to school by providing breakfast as an incentive.

He said the food had been sourced from Hokkaido and Aomori prefectures – both hundreds of kilometres from the Fukushima Daichii nuclear power plant.

But fish for the program has, according to a Japanese news report, been sourced from areas such as Ibaraki prefecture, which at its closest border is slightly more than 50 kilometres from the plant.

Yukie Tokura from Stop! Hamaoka Nuclear Power Plant, a campaign to shut down a plant that operates in an area where a magnitude-8 earthquake is thought to be 87 per cent likely in the next 30 years, has been protesting the ODA/WFP program and said she was ashamed by what she called the unethical double standards of the Japanese government.

“It seems that the Japanese government force ‘the fish that Japanese people don’t want to buy’ on developing countries under the name of International Aid,” she said by email.

The Japanese embassy in Phnom Penh has not replied to inquiries from the Post, and officials at the Ministry of Education as well as the Health Minister have all said they were unaware of the program.

The WFP has said that the results of testing conducted on the fish are not made public because of internal policies.

James Sutherland, international communications coordinator for Friends International, said if WFP had given assurances about the food’s safety, he would assume they are serious, but that it would help if testing results were available to reassure the public.

Sutherland said people would be asking: “Why not give it to other countries as well? Why just developing countries?”

Japanese seafood suppliers in tsunami-affected areas have been hit hard since the disaster, both by damage to their vessels and consumer fears about their fish.

On March 11 last year, a massive magnitude-9 earthquake struck off the northeast coast of Japan, generating a 15-metre tsunami that ploughed into the Fukushima Daiichi Nuclear power plant, knocking out crucial cooling systems.

Hydrogen gas explosions blew the roof and walls off some of the reactors, spewing radiation out into the atmosphere.

Ever since, huge amounts of water have had to be dumped on the reactor’s fuel rods to stop them from melting, creating contaminated waste runoff, which can end up in the ocean.

The nuclides that have been released by the crisis that are of greatest concern are Iodine -131, Caesium-134 and Caesium-137.

At unsafe levels in food, these nuclides can generally increase the risk of cancer and accumulate in the thyroid gland, which regulates growth rates.

But near-daily testing by Japan’s Ministry of Health, Labour and Welfare as well as reports from the US Environmental Protection Agency and nuclear radiation specialists suggest that contamination levels in fish are generally low or undetectable in most of the country.

Still, scepticism of government claims about food safety remains high following the less-than-forthcoming release of information about the severity of the crisis.

A recent study by the Meteorological Research Institute found that about twice the amount of caesium than previously thought had spilled from Fukushima Daiichi’s number 1 reactor after the earthquake and that about 70 per cent of this went into the ocean.
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by sachighana | 2012-07-21 00:59 | 想いごと

恥ずかしい話

この話に泣いてしまった。
覚書もこめて、ここに貼りつける。
この頃は、周りの大人から「そんなんだと恥ずかしいから・・・・」と言われて育つ子どもは多い。
そういう光景をよく街で目にする。
親は全くその変さに気付いていないどころか、子どものためと本気で思っていたりする。
どんな子どもであろうと、どんな理由があれでも、社会の枠にあてはめていくことが、いいと思っている。
私もそのように育ったひとりかもしれない。

どうか、子どもたちが自分を愛して、人を愛する心やさしい大人に育ちますように。
あっ!!!!今日は新月だ~。
願いよ届け。

http://sabotem.tumblr.com/post/27430691440より、引用。
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7月 18

 先日電車内でのこと。とある親子が乗ってました。子供はまだ幼稚園ぐらいですかね。おかあさんのスカートをずーっと握ってまして…まぁ甘えたい年頃なんだなぁと思いつつ最初は注意を払ってなかったんですよね。
 そしたらまぁ何が原因かよくわからないんですが子供が大声で泣き出した。スマホの画面から目を離して見てみると、結構なガチ泣き。もうわんわん泣いてて見ているこっちがどうしたんだ何があったんだと子供に聞きたいぐらい。知らない子じゃなければ背中さすってなだめてるところです。

 車内は子供の泣き声でいっぱいに。とはいえあのぐらいの子供はまぁ泣くものです。乗ってる客もそうイラだった雰囲気はなく。そのうち収まるかな…うーんしかし何が原因で泣いてるんだろう?なんて思ってましたが、これがまた一向に泣きやまない。

 で母親が一生懸命諭してるのかな…と見てるとどうもただ怒っている。ひたすら子供を怒ってるわけです。

「もう、なんで泣くの!みっともないでしょう!」
「ほら…みんなが見てるじゃないの…」
「そんな子は知らないわよ!泣けばいいってもんじゃないでしょう!」


 聞いてるとどうも違和感が。
 泣いてる原因は聞いてないんですよね。
 ただ「自分が恥ずかしいから」泣くなといってるように聞こえる。母親の怒りのボルテージは上がる一方。
 むしろ子供の泣き声より母親の言動の方がイラっとくる状態。
 とはいえ他人の家族の間に入り込むのも気がひける。が、子供の泣き声が胸に痛い。自分が子供の時もガチ泣きしてたことはあるわけで…まぁ誰だって人ごとじゃないはずなんですよね。泣く子供ってのは。誰しも一度はくぐってる時代のはずですし。

 その後も数駅。子供はひたすら泣きわめきながら「おかーさーーーんうわーーーーーーっ」とかやってるんですが、母親の方はともかく泣くのをやめなさいを繰り返すばかり。

 あれで泣き止むもんなら子育てはきっと苦労はないんだろうなぁ…と思っていたところ優先席に座っていた年輩の夫婦がそっと立ち上がって子供のそばに。旦那さんの方が母親に、奥様の方が子供と同じ視線にしゃがむようにして壁に寄りかかりながらドアのそばの手すりをつかんで。

「子供がなくと大変ですなぁ…」
 なんて会話を旦那さんがしていて、母親の気を紛らわせ始めます。
「どうしたのかな?どっか痛いのかな?」
 奥様は子供の気を引きます。優しい笑顔で頭をそっとなでる。くびすじをなでる。ぽんぽんと肩をたたく。そうしつつ子供と目線を合わせている。
 旦那様の方は母親を気遣いながら子育ての大変さを聞き出しはじめる。
 ぼんやりと見ること2分もたたないうちに子供は泣き止み母親もテンションが普通に戻っている。うわーこれは見事だなぁと見ていてびっくり。
 まぁここまで見てるだけってのもあれだったので、スーツのポケットに飴をいれてたのを思い出しまして。そっと近づいてしゃがんでいるおばあさんに渡すとそれはもういい笑顔で子供に渡してあげてくれて。

 その次の駅で母子は降りて行きました。
 私は老夫婦に席をゆずり(子供をあやしている間に優先席は別の人に取られてしまっていた)手際のよさを褒め称えました。
 すると旦那さんの方が「あんた顔しかめてたねぇ。あれかな女性のヒステリーは苦手な方かな?」
 などと問われる。見てるところは見てるもんだなぁと恐縮。
「子供が泣いてるのに体面ばかり気にする言葉ばかりで…どうにもいらいらしてしまいました」
 素直にそう言うとこれもまたいい笑顔で「私もだよ」なんて言われまして。
「子供が親の話を聞くなんてのは親が勝手に思ってるだけでね。子供に言葉で諭したってだめなんだよな。触ってあげて優しくしてあげればいいんだ。疲れてすぐに泣き止む。怒るのは泣いてない時にやるんだよ。すくなくともうちのかみさんはそれで何人も育ててるんだから」
 自慢げにそう言われてこちらもなるほどそうなのかぁ…とうなずくばかり。まぁ子育てなんてやったこともないんでそう言われればそうなのかなぁと。
 私が思っていたのは叱り方の方で。
「みんなが見ているから」
 とか
「恥ずかしいでしょ」
 としきりに言ってたんですが、それってあんたが恥ずかしいだけだよな?子供じゃないよな?と思いつつ見ていた。
 老夫婦にその辺りを聞いて見たかったのですが、私も降りる駅がきてしまったので挨拶だけして電車を降りました。

 会話の端に「何人も子供を育てた」という言葉があったので、老夫婦はいわば子育てのエキスパートだったのでしょうかね。奥様のやり方を旦那さんが肯定していて自然にサポートしている。まぁ実際の子育ての頃は今ほど落ち着いてはいなかったのでしょうけれど、やはり経験ってのは人を磨くものだなぁと思ったりも。

 そして今でも思うのは母親の叱り方。
 他の場面でもよく見るのです。椅子の上で変な座り方をしていたりはしゃいでるいるのを放置していたり、叱る時も「みんなが見ている」とか「恥ずかしい」を連発している親を。
 その叱る言葉は本当に子供のための言葉なんだろうか…ただ自分が恥ずかしいから子供を叱っているのではないか。
 そして「みんなが見ている」という言葉。
 みんなが見ているからやめなさい…ではなく本当は「それはしてはいけない事だから」やめなさいではないだろうか。
 自分が母親に叱られていた子供時代はどうだったか。
 それが社会の仕組みでみんながきちんとしているのはなぜか。他の子も泣いてないでしょう?こういう乗り物はみんなが乗るものだから自分だけわがまま言っちゃだめでしょう?そう諭されていた気がします。
 まぁそれでも泣いて最後にはげんこつ食らってさらに泣いてた気もしますが(苦笑)言うこと聞かない子供だったしなぁ…

 それはさておき。

 子供を持たぬ独身男には不思議なのですが、子供を叱るってのはどういうことなのかと。
 これから社会で生きていくために必要なルールを教える。それはとても大切なこと。特に日本ははみ出しものには辛いところですから、最低限のところは教えてあげないといけない。
 公共の場と自宅の違いも教えてあげないといけない。
 でも。
 泣いているならば。
 他人の目がどうこうではなく。なんで泣いているのか。泣いている原因がわがままなら叱るでしょうし、そうでないなら他人の目なんて気にせず子供に相対して欲しいな…と個人的には思うのです。
 たぶんその方が早く泣き止むと思うので。

 自分の子にあまり触れない親が増えているとも聞きます。
 体面ばかりを気にする親が増えているとも聞きます。

 今回の件でそうなのかもな…と思いつつ。それでも子供を産み育てる苦労を考えると、それをしていない身としては何も言えず。せいぜい飴のひとつも子供にあげるぐらいしか出来なかったわけで。
 世の親とは大変だなぁとも思うのですが、それでも…
 子供の立場を考えれば…あのぐらいの子では表現が泣くか笑うかぐらいしかないんだろうな…とも思うので。あまり親の都合で叱ってほしくはないかなぁ…と思うのです。まぁ子育ての大変さから子供に当たるというのもわからないではないんですが。子供からしたらたまったものではないだろうなぁと。

 私の母も女手ひとつで私を子育てしてましたので、ストレスを私にぶつけてくることはありました。離婚の理由。分かれた父親への怨嗟の言葉。酔えばもう出てくるのはひどい言葉ばかり。あんたなんて生むんじゃなかったと何度聞いたことか。人格形成に大きく影響を与えるヒトコマではありましたが、長じて大人になると母の言葉もわかってくるものです。今の自分が一人で子育てを…働きながらしたらどういうことになるのか。それを考えると母に文句は言えないなぁと。
 あの頃はなんで遊んでくれないのか構ってくれないのかと泣いてたもんですけれどね(笑)子供には親の事情がわからないってのは実感出来るなぁ…自分がそうだったから。
 親も子も。ボルテージをあげずにうまくやっていけるといいんですが…なかなか難しいのでしょう。あの老夫婦のように何回も子育てしてる家庭なんて今時そうはない訳ですし。みんな始めてで最後の子育てに挑戦している。それはとても大変だろうなと。でもまぁ、親ってのは大人な訳で。子供よりは我慢も効く。なら…なんて。
 あんな時母親を叱る人ってのも車内にはいたりするのです。

 正義の味方のように。

「あなたは体面ばかりを気にしてるじゃないか」
 なんて言っちゃう人もいる訳です。私も心ではそう思いました。思いましたが、それをやったらたぶん子供はもっと泣くだろうなぁ…と。なんで泣いてるのかわからんけれど、なんか伝えたいんだろうな。だから泣くんだろうな…そう思ったら出来ませんで。
 ともかく泣き止んでくれれば母親も恥ずかしくはないんだろうなぁ…さてどうするかな。そう思った矢先の老夫婦の行動。
 最近道を占有したり電車内で大きな声で携帯を使ってる老人などを見て、あれが昔聞いた「老いるのに失敗した人達」なのだろうな…などと思ったりすることも増えていたので、今回の件は結構晴れやかな気持ちになれました。

 時間にしてわずかに十数分の出来事。

 大したことのない日常のヒトコマ。
 けれどいろいろと思うことが増えるヒトコマではあったかなと思います。
 親の体面子の心。
 自分が親になることはないかもしれませんが…もしなったとしたら。思い返してみたい出来事だったな…と思っています。
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by sachighana | 2012-07-19 19:32 | 想いごと

学びたい

離島薬剤師募集!
とかいう広告をネット上で発見し、
そこから妄想物語スタート。
今このまま東洋医学の勉強して、ソーシャルネットワーク(人のつながりを生む仕組み)だとかを勉強して、そういうところで働こうか。
畑して、山で食糧採取して、海や山で遊んで、おばあちゃんの知恵を教えてもらって、自然に寄り添った暮らしを学びたいし、時代とともに変わりつつある農村に自分が何かできるかもしれない。
コミュニティ薬局って場、場やきっかけは何でもよいと思う。きっかけは病気だったり、「困った体験」だったり、そこから知恵や人のつながりは生まれるものだ。

とか妄想してみたけど、目の前の課題は全然進まないんだなぁ。
英語のエッセイとかレポート書いたことないし、もう進まない…。
というか、日本語でも小論文とかほとんど書いたことないなぁ。
大学で何学んだろうか!?少なくとも頭はまったく使わなかった。
薬学部ってどこもそうなのかな。
テストで記述しなさいとかもないし、レポートで単位くれるとか皆無だったわ。
プロトンポンプインヒビターとか、カルシウム拮抗薬の作用機序とか。。(すごく大切だけど)
うっかり全部忘れてしまった。
「薬は何で必要だと思うか」とか、「どうしたら薬の投与量を減らして、疾患/症状をコントロールできると思うか」とかもやればいいのに。。論理的に説明できることって、知識も必要とするし、ためになると思うんだけど。

研究ということも、まだよくわからないわ。
できる研究ってほんと小さな小さなことだけ。
既知の情報はものすごく膨大で、それをどういうセンスでつなぎ合わせて、自分のエッセンスを加えるか、というところがきっと鍵。
その上で、普遍的な説得力を持った研究成果というのがだせるのかどうか、不明だ。
現実の事象から一般的な理論を導くこと。
ふーむ。。

で、無意識に勉強と学ぶという単語を自分が使い分けていることに気づく。

けど、これから適当に楽しく生きられそうな予感。
今までも結局深い考えなしに選んできたけど、けっこううまくいってる気がする。
大学時のテスト前や仕事でつらい時に、大学の友達と「人生ちょろい」って呪文を唱えていたけど、けっこうその通りな気がする。
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by sachighana | 2012-07-14 21:21 | 食と農と体


見たい、知りたい、やってみたい! 気づいたらアフリカに。2年の滞在後、葉山で2年。次の舞台は京都。「健康のありかた」について、自然とともにある人々の行動に着目して研究しています。


by sachighana

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